🌅『たはらサンシャイン』1

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【登場人物】

  • 美咲(みさき):東京の大学に通う女子大生。
            明るく素直。田原市出身。
  • 悠真(ゆうま):地元に残って農業を継いだ
     青年。優しくて少し不器用。美咲の幼なじみ。
  • ばあちゃん:悠真の祖母。二人を見守る存在。
          花農家。
  • 東京の友達(電話のみ):美咲の生活を対比
                させる役。

第1話:帰郷(読了目安:約20分)

1.東京の雑踏

 地下鉄のホームに風が吹き抜けた。
 人混み、イヤホン、誰かのため息。
 そのなかで、美咲は肩にかけたトートバッグの
 重さを、じわりと感じていた。

「……また遅れてる。いつもこう。」

 都会の暮らしにも、大学生活にも慣れた
 はずだった。けれど最近、何かがずっと
 引っかかっていた。

 課題、サークル、人間関係。
 全部、頑張ってる。でも……
 何かが違う気がしていた。

 春休みの始まり。
 久しぶりに帰る、ふるさと――田原。


2.渥美半島の風

 名鉄から豊橋鉄道を乗り継ぎ、バスに揺られて
 1時間。 窓の外に広がるのは、緑のじゅうたん。
 キャベツ畑が風にゆれ、遠くには花畑が
 揺れている。

「ああ、変わってないな……」

 美咲はマスクを外し、大きく深呼吸した。
 潮風の匂い。どこか甘い土のにおいも
 混じっている。都会では味わえない、
 やさしい空気だった。

 バス停を降りて歩く道。
 小学生のころ、毎日通った通学路だ。
 懐かしい民家の並び。小さな神社の鳥居。
 そして、農道の先に――ひとりの人影。

「……悠真?」


3.再会

 帽子を深くかぶり、軽トラの荷台で何かを
 積み替えていたその人影。
 美咲が名前を呼ぶと、動きが止まった。

「え、美咲……? 嘘、帰ってきてたんだ。」

 笑った顔は、変わっていなかった。
 いや、少しだけ大人びたかもしれない。

「うん。ちょっと休みにね。あれ、今仕事中?」

「うん、キャベツ運んでて。もう少しで終わるよ。」

 そのまま自然に、二人で歩き出した。


4.夕焼けと畑の道

「花も、もうすぐ咲くよ。ガーベラとキンセンカ。
 今年は育ちがいい。」

「そっか。相変わらずだね、悠真。」

 風が吹いた。畑の花が一斉に揺れる。
 まるで、春の精たちが踊っているようだった。

「東京はどう? 楽しい?」

「うーん……うるさいし、せわしないし。
 何か、疲れる。」

 美咲の言葉に、悠真はふっと目を細めた。

「……じゃあ、ちょっとはゆっくりしてけば?」

「うん、そうする。」


5.田原の夜

 実家の玄関を開けると、懐かしい香りが
 迎えてくれた。母の煮物の香り。
 ストーブの音。家の裏手からは、
 波の音が遠くに聞こえている。

 美咲は布団に入ると、スマホを
 見つめながら思った。

 ――悠真、あんな笑い方してたっけ。
 ――なんか、ちょっと……ほっとする。

 目を閉じた瞬間、都会の喧騒は消えていた。
 代わりに、波の音と花の香りが、彼女を包んだ。

🕊️To be continued…

次回、第2話「ふたりの再会」

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