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第2話:雨の日のレター(読了目安:約30分)
1.雨の静寂(しじま)
田原の空に、久しぶりの雨が降っていた。
しとしとと、畑の土を優しく濡らしながら、春の匂いを濃くしていく。
「こういう日も、嫌いじゃないな」
ビニールハウスの中で、美咲はしずくの落ちる音を聞いていた。
周囲に誰もいないその時間、彼女は手紙の束をゆっくりと取り出した。
それは、かつてこの「Sunshine Garden」に来てくれた人たちから届いた手紙たち。
メッセージ、絵、感謝の言葉……そのひとつひとつが、彼女の背中を押してきた。
そして今日、新たに届いた一通の封筒が、その束の中に加わる。
2.消えた約束
その手紙の差出人には、見覚えのある名前があった。
「伊藤 凛音(いとう りおん)」
ついこの前、マリーゴールドを植えに来た少女だ。
封を切ると、そこにはふにゃふにゃの文字でこう綴られていた。
「こんどのおやすみ、またいくね。マリーちゃん、まだ元気だよ。
でも、もしかしたらいけないかも。ママが、ひっこすって。
せっかくともだちになれたのに、ごめんね」
美咲は、そっと手紙を胸元に抱いた。
「引っ越し……?」
その瞬間、胸の奥にじんわりと広がる寂しさに気づいた。
3.悠真の言葉
事務所に戻ると、悠真がコーヒーをいれてくれていた。
「雨の日は、お客さん来ないけど……なんか落ち着くよね」
「うん。でも……今日は、ちょっと違う」
美咲は、凛音からの手紙を見せた。
それを読み終えた悠真は、そっと机に置きながら言った。
「また、咲いた花が、町を離れちゃうのか……」
「……うん。でもね、ちゃんと咲いてるって、凛音ちゃんが言ってたの。
“マリーちゃん、元気だよ”って」
悠真はうなずきながら、窓の外の雨に目を向けた。
「じゃあ、たとえ離れても、その子の中で花は咲き続ける。
それって……すごいことだよ」
4.忘れない“はじめての花”
午後。雨はやんでいた。
美咲は、凛音が座ったあのベンチに座り、そっと空を見上げた。
思えば、彼女自身もかつて、同じような想いをしたことがある。
大学時代、卒業を前にバイト先の子どもたちに別れを告げた時。
笑顔で「バイバイ」と手を振ったあの瞬間の寂しさと温かさ。
「また、だれかの“はじめての花”になれたかな……?」
そんな気持ちが、じんわりと胸を満たしていた。
5.ミニブーケと手紙
数日後、美咲は小さなブーケを作った。
マリーゴールド、かすみ草、そしてスイートピー。
「旅立ち」や「感謝」の花言葉をもつ花を束ねた。
そして、便箋を取り出す。
そこには、美咲の思いがつづられた。
「凛音ちゃんへ
あのとき植えたマリーちゃん、私も見に行ったよ。
とっても元気そうだった。
お引っ越し、寂しいけど、あなたの中に“花の時間”が残るなら、私は嬉しいです。
新しい場所でも、いっぱい花を見てね。
たまには、このガーデンのこと、思い出してくれたら嬉しいな。
Sunshine Gardenより」
6.エピローグ:芽吹きは続く
ブーケと手紙は、凛音の新しい住所へと送られた。
それが届いた日、東京の片隅――ベランダに置かれた植木鉢の中で、
凛音のマリーゴールドが、そっとつぼみをふくらませていた。
手紙を読み終えた凛音は、花にこう語りかける。
「……また、咲いたね。Sunshine Gardenの花」
あの日の思い出が、彼女の胸に静かに咲いていた。
☀️次回予告
第3話「ひとりとひとり」(読了目安:約30分)
→ 美咲と悠真、それぞれが心に抱えていた“過去”が、
思わぬきっかけで交差する。ふたりの距離がゆっくりと近づく第3話――
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