☀️『Sunshine Garden』3

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第3話:ひとりとひとり
(読了目安:約30分)

1.迷いの音

 初夏の風が畑を揺らす昼下がり。
 「Sunshine Garden」は穏やかに忙しく、
 観光客の声や子どもたちの笑い声が風に
 混じっていた。

 だが、そんなにぎわいの中で、美咲の足は
 止まっていた。ハウスの隅に咲いたバラの
 苗の前。どう育てるか、悩んでいたのだ。

「うまく咲くか、わかんないな……私、
 本当に、これでいいのかな」

 ふいに後ろから声がした。

「おい。悩んでるときは、土いじりに限るぞ」

 悠真だった。笑いながら、
 泥だらけの手を差し出した。

「なにそれ、説得力あるのかないのか……」

 でも、その手の温度に、美咲の頬はふと緩んだ。


2.はじめての喧嘩

 その日の夜、ふたりは久しぶりに遅くまで
 残って作業をしていた。次の企画――
 「夜のガーデンライトアップ」
 イベントの準備だった。

「ここにランタン置いたらどうかな?
 人の導線的に…」

「それだと、この通路狭くなるよ。
 逆に危ないんじゃない?」

 些細な意見のズレが、だんだんと
 大きくなっていく。

「……でも、美咲って、やっぱり“正解”を
 探しすぎじゃない?」

「なにそれ。私なりに、ちゃんと考えてるんだけど」

 どちらも悪くはなかった。ただ、
 噛み合わなかった。

 その空気に耐えられなくなって、
 美咲は思わず言い返した。

「……悠真くんってさ、自分の感覚だけで
 突っ走るとこ、あるよね」

 その瞬間、静寂が落ちた。

 悠真は何も言わず、作業用の手袋を
 外して帰っていった。


3.ガラス越しの記憶

 翌朝。雨が降っていた。

 ハウスの中でひとり、バラの苗を
 前に美咲は立ち尽くす。

 昨日の言葉が、心の中で反響していた。

(言い過ぎた……)

 手には、数年前に自分が書いた手帳が
 握られていた。大学生のころ、教育実習で
 子どもに厳しく言いすぎて
 泣かせてしまった日のページ。

“自分の気持ちを言葉にするのは、
 難しい。でも、それを
 逃げちゃいけない。
 逃げたら、届かない”

 ふと、ハウスのガラス越しに
 ひとつの影が見えた。

 悠真だった。濡れた傘を持ち、
 じっとこちらを見ていた。


4.雨の中の会話

 ふたりは黙って、花の横に並んで立った。

「……昨日は、ごめん」

「いや、俺も」

 気まずい沈黙。でも、それを打ち消すように、
 美咲がぽつりと言う。

「私ね、ずっと“正解”ばかり探してた。
 失敗したくないって、思いすぎてたのかも」

 悠真は、目を細める。

「俺は、逆に“勢い”でどうにかしようとしてた。
 でも、ここはふたりで作った場所なんだよな。
 だから、ぶつかっても一緒に育てないと、
 意味がないよな」

 ふたりは目を合わせて、小さく笑った。


5.共に歩くために

 イベント当日。
 ガーデンには優しいライトが灯り、
 通路にキャンドルが並ぶ。

「ここ、バラの横にちょっと高めのランタン……
 よし、完璧!」

 悠真と美咲は、昨日決めた新しい
 レイアウトを確認し合った。

 夜風に揺れる花の中、
 来場者の笑顔が咲いていた。

「なあ、美咲」

「ん?」

「たぶん、俺たちは全然違う。でも……
 それで、ちょうどいいんだと思う」

 美咲はうなずいた。

「うん。どっちも、“Sunshine Garden”なんだから」


6.エピローグ:ふたりの手紙

 イベント終了後、事務所の机にふたりで座った。

 手には、それぞれが今日来てくれた
 お客さんに向けて書いた手紙。
 内容は違っていても、どこか似ていた。

 美咲の手紙には、こうあった。

“花を育てるように、想いも育つといいですね。
 また、あなたの心に咲く花が見られることを、
 楽しみにしています。”

 悠真の手紙には、こう書かれていた。

“種まきはひとりでも、咲かせるのは誰かと
 一緒の方が楽しい。
 そんな場所が、ここにありますように。”

 ふたりは顔を見合わせて笑った。


🌼次回予告

第4話「風の便りとカーネーション」
(読了目安:約20分)
→ 母の日が近づく中、美咲のもとに届いた
 一通のハガキ。それは、忘れていた
 “ある記憶”をそっと呼び起こす――。

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