☀️『Sunshine Garden』4

アクセス数 190PV

第4話:風の便りとカーネーション
(読了目安:約20分)

1.風の便り

 5月の風が優しく吹くある午後。
 ガーデンの管理棟のポストに、一通の
 ハガキが届いていた。

「……ん? 誰からだろう」

 美咲が手に取ったそれは、見覚えのない
 達筆な文字で書かれていた。
 宛先は「Sunshine Garden 美咲様」。
 差出人には「宮内 咲子(さきこ)」とあった。

 ――名前に覚えはなかったが、裏面には
 こう書かれていた。

“あなたのお母さんに昔、野菜を分けて
 もらった者です。あの頃いただいた
 優しさが、今でも忘れられません。
 母の日を前に、感謝の気持ちを伝えたくて。”

 美咲は、その名前をじっと見つめながら、
 小さく呟いた。

「……母のこと、知ってる人?」


2.母の記憶

 美咲の母は、彼女が高校に上がる前に
 病気で亡くなっていた。

 当時は忙しい日々のなかで、母と
 まともに話すことも減っていた。
 農家として働く背中だけが、
 いつも遠く見えた。

 けれど、ふとした時に思い出すのは――
 夕暮れに一緒に畑を歩いたこと。
 無言で差し出してくれた、泥つきのニンジン。
 洗濯物の匂い。

(母は、ちゃんと見てたんだな。誰かに
 優しさを分けることを)

 ハガキを胸に当てたまま、美咲は目を閉じた。


3.カーネーションの想い

 ガーデンでは、母の日に向けて
 カーネーションの苗を販売していた。
 真紅、淡いピンク、白――色とりどりの花が並ぶ。

 ふと、美咲は悠真に声をかけた。

「ねえ、“カーネーションのレター”って企画、どう思う?」

「お、なにそれ。手紙書いて、花と一緒に送るの?」

「うん。大人も子どもも、お母さんに
 “ありがとう”って伝える場所。このガーデンで、
 そんな風が吹いたらいいなって」

 悠真は目を細めてうなずいた。

「いいね。“言葉で咲く花”か……やろうよ、それ」


4.届かなかった言葉へ

 イベント当日。

 カーネーションの鉢の横に、小さな手紙カード
 を設置した。参加者たちは思い思いの言葉を
 書き、花と一緒に持ち帰っていった。

 その端で、美咲もひとり、小さな便箋を
 手にしていた。

お母さんへ

あの時、ちゃんと伝えられなかった
 “ありがとう”を、今なら言える。

あなたが蒔いた種は、今、たくさんの
花を咲かせています。私も、誰かに同じよう
な優しさを届けられる人になりたい。

どうか、空の向こうで見ていてください。

 美咲はそれを、白いカーネーションと
 ともに、小さなガーデンの丘に植えた。

 風がふわりと吹いて、白い花びらが揺れた。


5.小さな伝承

 イベント終了後、管理棟の掲示板には参加者が
 残した手紙のコピーが並べられた。

 「ママ、いつもありがとう」
 「お母さん、これからも元気でいてね」
 「ちゃんと伝えるって、ちょっと
 恥ずかしいけど、気持ちよかったです」

 それを眺めながら、美咲はつぶやく。

「“ありがとう”って、咲く言葉なんだね」

 悠真が横で微笑む。

「うん。そして、枯れない」

 ふたりは、掲示板の前で立ち止まり、
 しばらくその“咲いた言葉たち”を見つめていた。


🌷エピローグ

 数日後。

 宮内咲子さんから、再び手紙が届いた。

“あなたの母が残した優しさが、あなたにも、
 ガーデンにも、息づいていること。
 お便りを受け取り、涙がこぼれました。
 本当にありがとう。咲いた花は、
 きっとどこかで誰かの心を照らしています。”

 美咲はそっと手紙をたたみ、空を見上げた。

「……届けたよ、お母さん」


🌻次回予告

最終話「Sunshine Again」
(読了目安:約30分)
→ 夏の始まり、新しい来園者たち、
そして次なる展望へ。美咲と悠真の
旅路が、再び未来へと歩き出す最終章。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です