🌾『たはらサンシャイン』3

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第3話：揺れる心（読了目安：約30分）

1．旅の終わりが見えてきた

　春休みも残りわずか。
　美咲の帰京予定日が近づいていた。

　実家の台所で、母が言った。

「東京戻る日、もう決めたの？」

「うん。明後日、昼の電車で。」

　返事をしながらも、美咲の心は
　もやもやしていた。　東京での授業、
　課題、友達……それが「日常」のはずなのに、
　ここにいると、なぜか遠く感じる。

「なんでこんなに居心地いいんだろう、田原って……」

2．ふたりの静かな時間

　その午後。
　美咲は、再び悠真と花畑を歩いていた。

　ハウスの中は、ガーベラが満開だった。
　赤、黄、オレンジ、ピンク。まるで太陽の
　かけらが咲いているようだった。

「この色、すごく元気出るね」

「ガーベラはな、見る人の気持ちまで
　明るくする力があるんだ。
　“君のことを応援してるよ”っていう
　花言葉もある。」

「へぇ……まさか悠真が花言葉知ってるなんて。」

「ちょっとだけな。でも、伝えたいことは
　そういうことだから。」

　美咲は、静かに笑った。

　けれど、その言葉は心に深く残った。

3．別れの予感

　海辺のベンチに座ると、風が頬をなでていった。
　空は澄んで、遠く伊良湖岬の灯台が見えていた。

「……東京、帰るんだね」

　悠真の声は、どこか寂しげだった。

「うん。もうちょっといたい気持ちもあるけど……」

　美咲は、波打ち際を見つめながら言った。

「正直、迷ってる。
　東京に戻って、また前みたいに
　やっていけるのかなって。」

「こっちに戻ってきたら？」

　唐突に、でも優しく。悠真は言った。

「別に今すぐじゃなくていい。
　でも……こっちにいてくれたら、うれしい。」

　美咲は返事をしなかった。
　しようと思っても、言葉にならなかった。

4．夜の語らい

　その夜。
　ふたりは悠真の軽トラの荷台に寝転んで、
　星を眺めていた。

「なぁ、美咲」

「ん？」

「俺さ、昔から美咲のこと、
　ずっと特別だと思ってた。」

「……え？」

「東京に行っても、変わらなかった。
　連絡しないでいたのは……なんか、
　そっちの世界がまぶしすぎて。」

　美咲は目を閉じた。
　波の音が、遠くから聞こえてくる。

「ずるいよ、悠真。今になって……」

「うん。ずるいのは、俺の方。」

　ふたりの間に、静かな時間が流れた。
　でもその沈黙は、重くはなかった。

5．決意の朝

　翌朝。
　美咲は、田原の空を見上げていた。

　太陽が昇り、畑に光が差し込む。
　花が朝を迎えるように、美咲も
　また一つの朝を迎えていた。

「行ってくるね、悠真」

「……うん。また、いつでも帰ってこいよ」

　駅までのバスの中。
　窓の外に流れる景色に、美咲は
　何度も振り返った。
　キャベツ畑も、花畑も、遠くなる。

　そして、涙がこぼれた。

　それは、寂しさだけじゃなかった。
　迷い、悩み、そしてようやく少しだけ見えた
　「これから」の涙だった。

6．東京の風

　東京に戻った美咲は、電車に揺られながら
　ふと思った。

　――空が、狭い。

　でも、田原の空は忘れない。
　悠真の声も、花の香りも。
　あの風も、あの笑顔も。

　「また、帰ろう」
　それだけは、確かだった。

💠To be continued…

次回：
📖第4話「田原の空の下で」（読了目安：約20分）
→ ばあちゃんの言葉、そして岬の夕日が、
　心に火を灯す――