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最終話:明日も咲くように
(読了目安:約30分)
1.あたらしい春
美咲が再び田原の空の下に戻ってから、
季節は春本番を迎えていた。
朝晩はまだ少し冷えるが、昼間の陽射しは優しく
背中を押してくれる。
町には色とりどりの花が咲きはじめ、
ビニールハウスの中ではガーベラが見事に
咲き誇っていた。
そして美咲は今、そのハウスの中で、悠真と
一緒に土に触れている。
「手、汚れてもいいの?」
「汚すために来たんでしょ」
笑い合うふたりの間には、もう遠慮も
ためらいもない。 あの東京での日々が、
まるで一枚の絵のように思える。
きれいで、でも少し遠い。
今ここにあるのは、素肌で感じる風、
じかに触れる土、そして確かに交わされた想い。
2.選んだ道
美咲は大学に休学届を出した。
突然の決断に周囲は驚いたが、
彼女の目は揺るがなかった。
東京に戻ることを、完全に諦めたわけではない。
でも今、自分にとって大切な時間を過ごす
場所はここだと、心が教えてくれた。
ばあちゃんは笑いながら言った。
「いいじゃないか。人生には“寄り道”も必要だよ。
その寄り道が、一番きれいな
花咲かせることもあるからねぇ」
3.ひとつの挑戦
悠真と一緒に、美咲は
「ガーベラの摘み取り体験イベント」を企画した。
観光客にも地元の子どもたちにも、
田原の花と笑顔を届けたい。
それがふたりの、小さな挑戦だった。
イベント前日。ふたりは遅くまでハウスの
片付けをしていた。
「大丈夫かな……人、来てくれるかな」
「来なくても、俺たちがちゃんと
咲かせたってことが、大事だろ?」
「……そうだね」
電気の消えたハウスの中で、美咲は悠真の
背中を見つめていた。都会にいた頃、
気づけなかった「誠実さ」がそこにあった。
4.咲いた笑顔
イベント当日。
空は晴れ渡り、町中に春の香りが広がっていた。
子どもたちが花を摘み、大人たちは
笑い声を交わす。美咲の用意した
フォトスポットには、カップルや
家族が次々と訪れた。
「これ、ぜんぶ君が考えたの?」
と、年配の女性に声をかけられた。
「いえ……ふたりで、田原の魅力を届けたくて……」
「素敵ね。あなた、いい“根っこ”を見つけたわね」
その言葉に、美咲は静かに笑った。
それは涙のような、陽だまりのような
笑顔だった。
5.あしたも咲くように
イベントが無事に終わった夕方。
ふたりは再び、あの伊良湖岬に立っていた。
「……ねえ、悠真」
「ん?」
「これからも、いろんな花、咲かせていこうね。
季節が変わっても、いつか台風が来ても、
また芽を出すように。」
「うん。俺たちも、そういうふうになれたらいいな」
夕日が海に沈むころ、ふたりの影が重なった。
握った手の温もりは、あの春の風と
同じ匂いがした。
6.エピローグ:数年後
田原の町に、新しい花の直売所がオープンした。
「Sunshine Garden」と書かれた看板には、
小さく英語でこう添えられていた。
“Keep blooming, no matter what.”
(どんなときでも、咲き続けよう)
そこには花と人と、笑顔があふれていた。
美咲は子どもに花の名前を教え、
悠真は後ろから見守っている。
ここが、ふたりの咲かせた場所。
陽だまりのような人生の途中。
「終わり」ではなく、
「続いていく未来」の始まり。
☀️『たはらサンシャイン』 完
🎵テーマに込められた想い
作中のテーマ曲《たはらサンシャイン》
の歌詞のように――
「今日よりもっと、明日も咲くように」
「風の中でも、光を探して」
咲き続ける勇気を、ふたりは見つけました。
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