【特別寄稿】パチンコ産業の歴史㊲ 封入式構想からECOパチ、管理遊技機からスマパチへの歴史(前篇)(WEB版)/鈴木政博

2023年11月に初のスマスロ「パチスロ革命機ヴァルヴレイヴ」(SANKYO製)が導入され、12月にはスマパチ「e神・天才バカボン~完熟SPEC~」(大一商会製)のフィールドテストを同社直営店が開始。翌2023年4月には「e聖闘士星矢 超流星CliMAX349」(三洋物産製)など3機種を皮切りにスマパチの導入もスタートした。今回はこの「スマート遊技機」構想の原点から歴史を紐解いてみたい。

1. 封入式パチンコの構想
業界内において「封入式パチンコ構想」が突如として浮上してきたのは2010年のことだ。ただし、このアイデア自体はさらに古くからあった。1990年代あたりから、街のゲームセンターにパチンコ台やパチスロ台が設置され始めたが、この頃にゲームセンターに設置されたパチンコ台は「上皿をカバーが覆っていて遊技球に触れることができず、出た玉はデジタルカウントで貯留玉が表示される」ものだった。なぜならゲームセンターでは現金かゲーム用メダルで遊ぶ仕様であり、遊技球を貸し出すシステムは難しいという理由による。

1990年代当時、パチンコ店ではゴトによる被害が発生しており、「磁石」はもちろんだが「玉にグリース(潤滑油)を塗る」「上皿や下皿からピアノ線などを挿入する」といった手法が用いられていた。そこで当時、ゲームセンター仕様である「上皿にカバーを付けて玉に触れず下皿がない」枠はゴト対策に有効だとして、一部メーカーが研究開発に着手しており、私自身も2000年代に試作機を一度目にしたことがあるのを思い出す。

余談だが「封入式パチンコ構想」試作機開発の背景には、2004年7月1日に施行された規則改正にも関係がある。この時に新たなジャンルの遊技機として「パロット」が認められることとなった。これは「遊技球を使用して遊技するパチスロ」であり、2005年7月には「CRP花月伝説R」(SANKYO製)が導入されたが、こういった新たな遊技機の研究開発にも注目が集まっていた時代であった。

後にゴトの手法は「体感器」や「基板不正交換」などデジタル化していったことでこの「封入式パチンコ構想」は下火となりつつあったが、これが再び注目された理由の一つとして「1円パチンコ」の登場が関係している。「日遊協の30年~パチンコ・パチスロ産業の豊かな未来へ~」によると、初めて「1円パチンコ」が登場したのは「新しいビジネスモデルの創出」の試みの一つとして2006年6月6日、庄司正栄日遊協会長(当時)が経営する「ピーアーク三田店」で静かにスタートした、と記載されている。この「手軽で安く遊べる」1円パチンコは以降一大ブームとなり全国へ広がっていった。

しかし、ここで新たな問題が発生した。一部の悪質な客が「1円パチンコの玉を4円パチンコへ持ち込み遊技する」という事案だ。ホール側としても「1円の遊技球を金色に」「1円ジマに各台計数機を導入」など対応を行う店がある一方で、資金力のない店は対応に苦慮していた。こういった背景もあり、業界内で再び「封入式パチンコ構想」が浮上してきたのが2010年だった。

しかし翌2011年は、業界内でこの議題が進むことはなかった。3月11日に発生した「東日本大震災」である。業界では「義援金・救援募金」「ボランティア」、関東より北部地区においては「輪番停電」などの話題が中心で、日工組でも5月に再任された市原高明理事長(当時)が総会後の懇親会で「震災の発生により一部でパチンコ営業に対し厳しい指摘があった。日工組は幅広い層に受け入れられる機械を開発提供し、ファンのニーズに応え国民に理解を得なければならない」としたうえで、「特来を見据えたエコパチの開発等、取り組むべき課題は山積みだが、積極的に取り組んでいきたい」と話したに留めている。しかしここで「エコパチ」という名称が登場、以降「封入式パチンコ」は「ECOパチ」と称されることとなる。

2. ECOパチの進捗状況
翌2012年。日工組が5月30日に開催した第52回通常総会において、市原高明理事長は「遊技機の不正防止やイン・アウトの管理、環境問題及び機歴の管理を実現するための“ECO遊技機”の開発に向け、日工組内の委員会を通じて、組合員へ対する詳細説明や業界団体への協力依頼を行い、実現に向けてやっと第一歩を踏み出した。既存の設備から大幅にシステムを再構築する必要があるが、遊技業界が抱える様々な問題点を解決し、社会的地位を高める一つの施策として、次回の規則改正に要望できるように検討している」と関係団体への理解を求めた。

同年10月1日には、平和の代表取締役を務めた石橋保彦氏が、昨年合併し設立された「ゲームカード・ジョイコホールディングス」の代表取締役会長兼社長に就任。本誌「遊技日本」のインタビューに対し同氏は「ECO遊技機は日工組が提案しているもの。日工組の副理事長の立場でお話しさせていただくと、ECO遊技機機想は、まず業界のトータルコスト削減につながる。さらにセキュリティ強化、また静音化など遊技環境の大幅な改善が期待できる。行政は総会等の講話で、射幸性を抑えること、不正対策を施すこと、機械代を安くすること、この三つを必ず言われており、ECO遊技機構想は、そのような行政の要請にも応えるものだ」とし、セキュリティ面でも「あくまで仮説だが、本屋などの万引き率は売上の約2%と聞く。ここから推定すると、パチンコ業界全体の年間売上約20兆円の約2%にあたる約4,000億円が被害額ということになる。セキュリティを強化し、ゴト行為によって削られている部分をなくすことができれば、もっとファンに還元できるようになるのではないか」と話した。そのうえで「今業界に変革が求められていることは、多くの人達が理解しています。しかし、変革を成し遂げることは、簡単なことではありません。なにより、業界に携わる多くの人達の賛同や協力が不可欠です。業界の変革・復活に取り組んで行きたいと決意を新たにしています。皆様のご理解、ご支援をお願いいたします」と述べている。

2013年には、この「ECO遊技機」構想を推し進める日工組の動きが活発化。1月には「2013年中に遊技機本体、ユニット及びシステム全体を形にして、2014年中には市場投入できるものを形にしたい」というスケジュールを日工組が示した。次いで4月には全日遊連、PSCAを訪れ概要説明を行った。背景にあるのは、この「ECO遊技機」の実現には規則改正が必須だという点だ。行政側の意向としては、業界団体の要望があれば検討するという立場であり、業界団体全体としての同意が必要だと考えられた。

しかし実際に導入コストを負担する全日遊連としては、そう簡単には賛成できないというスタンスを保っていた。2013年4月17日に行われた全日遊連全国理事会後の記者会見では「ECO遊技機について金額やユニットの具体的な説明もない。そう意味でもまだまだ輪郭が掴めない」として「ECO遊技機」構想を推し進める日工組とは対照的に、まだスタートラインにすら立ってないという姿勢を示した。

そして同年9月には全日遊連の阿部恭久理事長が、日工組が提案するECO遊技機が実現するには、全日遊連をはじめとするホール業界団体の同意が必要だとの認識を示したうえで、9月19日の全国理事会での内容を報告。「遊技機及びシステムのコストダウンの可否、現行遊技機を含めた遊技性の向上、現行CRユニットの低価格での活用の可否、ユニットを含めた通信方法の効率化の方法論や道筋など、全日遊連が条件面で重視していた点が未だ明らかになっていない」として、これまで同様に日工組のECO遊技機の提案に同意しない姿勢を継続するとした。

ECO遊技機の構造

日工組が2013年に示したECO遊技機の構造。上皿・下皿がないこと以外では、従来のパチンコ機とは見た目上で大きな相違点はない。

■プロフィール
鈴木 政博
≪遊技産業研究所代表取締役・遊技日本発行人≫
立命館大学産業社会学部卒業後、ホール経営企業管理部、遊技コンサル会社を経て2002年に㈱遊技産業研究所に入社。遊技機の開発アドバイザー、新機種情報収集及び分析を中心に活動し、TV出演・雑誌掲載など多数。2021年7月より業界誌「遊技日本」発行人を兼務。

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