価格なき市場に米投資家が注目するパチンコの不思議な強さ
アメリカの投資家が、日本のパチンコ業界を真剣に研究しているという。理由は単純だ。かつて30兆円産業と呼ばれた巨大市場が、現在では規模を半減させながらも、なお16兆円前後を維持し、しかもメーカーの大型倒産がほとんど起きていない。この「縮小しているのに崩れない」産業構造が、彼らには不思議でならないのだという。
もしこの仕組みを解き明かし、他のビジネスに応用できれば、大きな利益を生み出せるのではないか――そんな発想が背景にある。
彼らがまず着目したのは、パチンコには「時間当たりの定価」が存在しない、という点だった。つまり、価格が見えないビジネスだということである。小売店であれば、商品には必ず値札があり、どの店が安く、どの店が高いかは一目瞭然だ。消費者は価格を比較し、合理的な判断を下す。
飲食店も同様で、店構えを見れば高級店か大衆店かはおおよそ分かる。日本では町中華のような大衆店は当たり外れが少ないが、アメリカでは事情が違い、価格帯よりも「実際に美味しいかどうか」が最大の評価軸になる。つまり、飲食ビジネスでは価格や雰囲気以上に、味という明確な価値基準が存在する。
ところがパチンコには、「値段も味」もない。いくら使えば、どれだけ楽しめるのか。どれだけ勝ちが返ってくるのか。事前に比較する物差しはスタート回数ぐらい。飲食店で言えば「味見ができないまま入店する」ようなものであり、極めて不確実なビジネスだと言える。
それにもかかわらず、パチンコ産業は16兆円という市場規模を保ち続けている。米投資家が興味を示したのは、まさにこの点だ。不確実性が高く、合理性だけでは説明できないにもかかわらず、なぜ人はカネを使い続けるのか。その神髄を理解できれば、他の業界にも応用できる普遍的な「勝ち方」が見えてくるのではないか、というわけだ。
しかし、ビジネスモデルを分析するよりも、答えはもっと単純なところにある。研究すべきはビジネスの仕組みではなく、ユーザー心理だ。食費は切り詰め、服にも金をかけない。それでも台間サンドには、1000円札を惜しげもなく投入していく。合理性とは無縁に見える行動だが、そこには「勝つかもしれない」「当たるかもしれない」という期待がある。
パチンコ産業は、その期待に支えられてきた。価格が見えないからこそ、比較も後悔も先送りされる。理屈ではなく感情が先に立つ。この人間心理を巧みに包み込み、長年成立させてきた点こそが、アメリカの投資家を惹きつけてやまない理由なのだろう。
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🔗 元記事を読む(パチンコ日報)